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SATOSHI CHRONICLE #2 扉
[最終話]

実は、シンにはダンスの後輩が出来ていた。

僕から見れば、弟の、弟の、弟みたいなものだ(笑)

それがアキオというやつで、

シンを慕っていたアキオは、

シンが死んだ後も練習を続けて手技が上手くなった。

そして、リュウやマサキと出逢うきっかけをくれたのも

アキオだ。

彼らが名城大学のダンス部の創設に関わり、

それによってたくさんの人との出逢いを

後にくれることになった。




みんないろいろなもの抱えて生きている。




重いものも抱えなきゃいけないときもある。

暗い闇を抱えることもある。

途中で降ろせるものもあれば、

一生抱えなければならないものもある。

でも、抱えたものの表面だけを見て

投げ出したり、歩くのはやめてはいけない。

よく見たらホントはステキなものが

裏側とかにぶら下がっていたりするかもしれない☆



もし目の前を闇に包まれたなら、

どかに必ずある扉を探してみる事だ。

そして、何人がかりでもいいから、

その扉を開いてみることだ。

きっと何かが変わる。

いや、変わるまで繰り返し開き続けよう。

命ある限り行動しつつける事の大切さを、

このBLOGを読んでいる人に少しでも伝えたい。



もうすぐ新たな年が始まる。

大切な物を胸に進んでいこう!!


FULL STOIC MOVERS リーダー SATOSHI
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[2011/12/29 19:38 ] | CHRONICLE
SATOSHI CHRONICLE #2 扉
[第三話]

シンと別れてから数ヶ月が過ぎた...。

僕はその頃からダンスが仕事だったので、

毎日踊る度にシンを思い出すのが苦痛だった。

仕事以外では出来るだけ踊らないようにした。

音楽も聴きたくなかった。

あれほど

「あいつの分までダンスを楽しもう」

と思ったのに...。




その気持ちを取り戻すきっかけは、

僕のレッスンで楽しそうに踊る生徒達

(当時はKIDSはやっていなかった)のお陰でだった。

ダンスは、いつもシンプルで、自由で、楽しい。



リーダーとして僕が最初に動きださないとダメだ!

そう思って練習の再開をみんなに伝えた。

当時僕らは、久屋大通にあったスタジオをレンタルして夜練習していた。

「あのスタジオの扉を今まで通り明るく開けて、
みんなで練習を再開しとき、ようやくシンもまたダンスを再開できるはず!」
と自分に言い聞かせるように...
でも、本当にそう信じていた。



そして、練習再開の日。

あの扉を開けたときの感覚は僕にとって忘れられないものになった。

みんなと練習を再開したことは、かなりの勇気が必要だったが、

僕の人生にとってあの決断はとても意味のあるものだった。

みんな乗り越えてなんかいなかったし、やりきれない思いのままだっただろう。

それでもやはりあれで良かったと思う。

練習中、壁にもたれてみんなを見ているいつものシンが

何度も見えた気がするが、それが気のせいだったとしても、

あのままみんながダンスから逃げるように

時間を止めていてはいけなかったと思う。

あれから更に月日が流れて11年。

家庭を持ったり、就職したりと、

もうダンスをしていないメンバーも多くなってきた。

今だから思うのかもしれないが、

「シンの為にダンスを続ける」「シンの分まで楽しむ」

若いうちはこう思うのが自然だ。

でも、何もそこまで力む事もないと今は思う。

現役を引退しているメンバーに今でも仲間だと言えるし、

仮にシンが生きていたとして、シンがダンスを辞めていても、

同じように仲間だと言えるだろう。

ダンスを続ける理由が、死んだ仲間の為だとか、お陰だとかなんて

大袈裟に構える事はないと思う。

...なんて、強がってはみたが、シンのお陰でたくさん学ぶこともあった。

これから楽しみたいと思っても、突然もうこの世で楽しめなくなることもある。

好きなことを思い切りやれない人なんて、世の中にはたくさんいる。

人の命の分まで背負い込む事はないけど、

せめて自分の命は思い切り背負い込んで、

思い切り大切にしてあげよう。

『自分の好きなことを思い切りやる。』

これこそ、残された者が天国に向けてできる最高の供養になるんじゃないかな?




このBLOGをシンが読んだら

「SATOSHIさん、相変わらず自己満ですね(笑)」

と茶化されるだろうな...。




[2011/12/29 05:00 ] | CHRONICLE
SATOSHI CHRONICLE #2 扉
[第二話]

シラネ、シン、ヤタが、僕の元にダンスを習いにきたのは、

彼らが15歳の頃だった。

ホントにやんちゃなガキどもだった(笑)


僕とはかなり歳が離れていたから、

ダンスがなかったらお互いの感覚を分かり合う事は

できなかったかもしれない。

カズマ(YAMAKAJI)やヒロキを弟とするなら、

更にその弟...みたいな感じだった。

三人ともがむしゃらで、お調子者で、最高にかわいい奴らだった。




センスが良くて飲み込みの早いシラネや、

筋力も強くノリの良いヤタと比べると、

三人の中で一番不器用なのがシンだった。

そのかわり、素直で、一生懸命で、

一番ダンスに対して意欲的だったのがシンだった。

特に手技が好きだったから、

チームの中でも手技を得意とするヒロキを慕っていた。

彼らが高校を卒業する頃には、

僕の技術は教え尽くし完全に抜かされていた。

というと、あいつらは謙遜するだろうからこう言っておこう。

完全に個性が確率され、自立していた。

僕は当たり前のように、一緒にダンスを続けていけると思っていたが、

シンは高校卒業とともにダンスは出来なくなると言い出した。


シンがダンスが出来なくなると言ったのは、

「仕事の目標」が原因だった。

シンのお父さんは建築設計の仕事をされていたらしいが、

シンが幼い頃に亡くなったらしい。

その亡くなったお父さんが建築設計に関わった、とある飲食店を残す為に、

料理や(二十歳になったら)お酒の勉強をして、

その店のオーナーになろうというのだ。



僕らは心から応援した。

そして、シンはダンスから離れ高校卒業後も修行して、

お父さんが残したそのお店で従業員として仕事をするようにまでなった。



すごい努力だったと思う。



その間、負けじとFULL STOIC MOVERSもダイナマイトで優勝したり、

イベント等で活動の場を広げていった。

シラネもヤタも完全にチームの柱になっていた。

三人は立場は違ったが

お互い親友同士、刺激し合っていた。

だが、そのお店は経営の問題からか、

残念ながら継続する事はできなくて、

シンが働きだして間もなくクローズとなった。

悔しかったとは思うが、とことん頑張ったシンは

どこか吹っ切れたような感じもあった。

一般の会社に就職して、仕事をしながらダンスに復帰することを楽しみにしていた。

新しい仕事も凄く頑張っていたんだと思う。





事故の原因は居眠りではないか?ということだ。

誰も巻き込まずに逝った。

これからもっとダンスをしたかった筈だ。

いろいろな可能性を持っていたに違いない。

僕たちは、人生で最大の痛み覚え、徐々にダンスから遠退いていった



[2011/12/28 00:08 ] | CHRONICLE
SATOSHI CHRONICLE #2 扉
[第一話]

みんないろいろなもの抱えて生きている。

そして、『どんな人にも闇のような部分は必ずある。』





11年前、自宅でのんびりしていたら一本の電話が鳴った。

FULL STOIC MOVERSのシラネからだ。

「SATOSHIさん、落ち着いて聞いてください。」

シラネは少し震えた声で

「シンが、交通事故で死にました。」




多分数秒『空白』があり、目の前の景色が

さーっと落ちていくような感覚になった。

自分の意識が、黒とも白とも言える空間に包まれた。

あれはまぎれもなく『無』だ。









どのように電話を切ったかも覚えていない。

その後どうしたのかも覚えていない。

覚えているのは、

シンが棺に入る前に布団の上で横になっていて、

その枕元に僕が座っているところからだ。

どうやってそこに行ったのかも覚えていない。


「バカだな...」


僕はシンに向かって、この言葉を何度も言った。

同期のシラネとヤタをはじめ、

名古屋のメンバーはみんなそこに集まっていた。




シンは、まだ二十歳だった。




当時の事をこうして振り返れるようになってきたのは最近のことだ。

......11年が過ぎた。

実は、今でもキーボードを叩く指が震えている。

でも、こうして日記にしているのは、

自分自身にもう一度確認したい事があるからだ。

そして、みんなに知って欲しい気持ちがあるからだ。

今日墓参りをしたら、この日記を書こうと決めていた。


[2011/12/27 22:25 ] | CHRONICLE
SATOSHI CHRONICLE #1 Dance Dynamite2000
第十五話(最終回)『残ったもの』

決勝の最終決戦を終えた両チームが舞台に上がり、いよいよ結果発表....。

MCさんの「優勝は.....」と言う重い声....

「.............................」

今までよりも随分とタメの間が長い....。
僕たちはものすごい緊張だった。
全力を出し切ったが、当然、結果は気になる...。
メンバー全員がとにかく祈っていた。
その緊張感を突き破るような叫び声で、

「FULL STOIC MOVERSーーーーーー!!」

同時に割れんばかりの大歓声!!
メンバー全員大興奮だった!!!
このときの感動は本当に大きかった。

優勝の瞬間ブログ用


リーダーとして、まず僕がトロフィーを受け取り、ヒロキが賞金を受け取った。
SATOSHI受賞ブログ用
もちろん、トロフィーはヒロキが後日おじいちゃんのお墓に持って行った。
おじいちゃんに嬉しい報告出来る!とにかくこれに一番ホッとした。
HIROKI受賞ブログ用
賞金についてはあまり覚えてないが、確かその数時間後に仲間たちとご飯食べたりしてドンチャン騒ぎで全部消えた(笑)


結局トロフィーも賞金も...形のあるものは特に残ってはいない。
優勝した喜びも、興奮もとてつもなく大きかったが、それも過去の記憶でしかない。
実績としてプロフィールを飾ってはいるが、何年も前のこと....。
知らない人の方が多い色あせた勲章だ。(当然有り難い賞なんだけどね☆)


じゃあ、残ったものは何か?
それは、きっと「感覚」だと思う。
単純に言うと経験かもしれない。
その中で何を感じたか、振り返って今何を感じるか?
だから、「感覚」かな?と思った。
それこそが自分にとって、とても大切な宝です。

苦い優勝ならまた違っていたかもしれない。
嬉しい二位でも今と同じだったかもしれない。
あのメンバーなら優勝しなくても今と同じ感覚かも?と思える。
FULL STOIC MOVERSはその後の闘いでは負けたりしてる。
でも、今も絆みたいなものは確実にある。

幼なじみでも、同じ学校でもない、年齢もバラバラ。
ただ、ダンスをしてたら出逢っただけの「縁」だったが、経験を共有することで「絆」が生まれた。
この「絆」も、僕にとっては宝だ。
「絆」は自体のない物に思いがちだけど.....、実は「形」もあるし、目にも「見える」んだよね。
「チーム活動や闘い」は、僕にそれを与えてくれました。
メンバーと、チームを支えてくれたたくさんの人達に、今でも心から感謝しています。
みんな近くにいるから、こんなの照れくさいけどね~。

でもま~、ありがとう!



SATOSHI



長い思い出話をだらだらと書いてしまいました。
でも、今どうしても書いておきたくて...。
ダンスのスタイルの流行や勝敗の基準、楽しみ方や在り方。
時間が経てば、時代とともに変化してしまうものは多い。
その中で色あせないものは、「結果だけではなく、そこに至るまでの経験から生まれる『何か』が、必ずある」ということ。それを感じたときこそ、人それぞれの「宝」見えるんじゃないかな?
無意識だと見落とす場合もあるから、今を大切に、チームメイトや更にその近くにある何かを見る必要があると改めて感じます。
お付き合いありがとうございました。

おしまい ♪
[2011/11/28 03:32 ] | CHRONICLE
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